エレミヤ26章 「恐れたウリヤ」
エレミヤ26章を読んでいておもしろいところを見つけました。
2節 「『主はこう仰せられる。主の宮の庭に立ち、主に礼拝しに来るユダのすべての町のものに、わたしがあなたに語れと
命じたことばを残らず語れ。一言も省くな。」
エレミヤは主の仰せの通り、ユダの民に、この宮は滅び、シロのようになると預言する。(4~7節)
するとこれを聞いた、祭司や預言者、すべての民は大激怒。(7~11節)
そしてエレミヤはこれは主の仰せだと弁解する。 (12~15節)
これを聞いた首長たちと民たちはエレミヤを殺してはならないという。 (16~19節)
と、ここまではいいのですが、おもしろいのはここから。
20節 「他にも主の名によって預言している人がいた。すなわち、キルヤテ・エアリムの出のシェマヤのこのウリヤで、
彼はこの町とこの国に対して、エレミヤのことばと全く同じような預言をしていた。」
なんとエレミヤのほかにも勇敢にもこの国は滅びるという預言をしていたものはいたのです。
しかし、それを聞いた王様は大激怒。
21節 「エホヤキム王と、そのすべての勇士や、首長たちは、彼の言葉を聞いた。王は彼を殺そうとしたが、
ウリヤはこれを聞いて恐れ、エジプトに逃げて行った。」
そしてウリヤは殺されてしまいます。
23節 「彼らはウリヤをエジプトから連れ出し、エホヤキム王のところに連れてきたので、王は彼を剣で撃ち殺し、
そのしかばねを共同墓地に捨てさせた。」
大胆にも国が滅びるという預言を王にしたところまでは良かったウリヤでしたが、最後まで主を信頼することはできませんでした。彼は王を恐れ、エジプトへ逃げました。結果、彼は殺されてしまいました。
対してエレミヤはというと、殺されませんでした。
24節 「しかし、シャファンの子アヒカムはエレミヤをかばい、エレミヤが民の手に渡されて、殺されないようにした。」
エレミヤは大胆に予言し、信仰をもって、死を恐れず神の言葉をのべました。そして民に反論しました。そして一部の人の行為を受け、結果その人にかばわれて助かりました。
エレミヤは神を恐れた。 ウリヤは王を恐れた。
そしてエレミヤは逃げたウリヤと違い、かばってくれる友が身近にいました。
イエス様も、 「不正の富で友をつくりなさい」 (ルカ16:9) と言っています。これは、ズルをしろ、と言っているのではなく、私たちが本来ふさわしくない(つまり、不正)救いをイエス様から受けたように、私たちも友のために、つくしなさい。という意味ではないでしょうか。
民に逆らってまでかばってくれるとは、二人の間には、よほど深い関係があったのでしょう。
☆エレミヤのように、私たちも主に信頼し、友につくすものとなりたいですね。