ヨブ記4章 考えてみなさい。罪のない人が滅ぼされ、正しい人が絶たれたことがあるかどうか
ヨブ記4章 考えてみなさい。罪のない人が滅ぼされ、正しい人が絶たれたことがあるかどうか
ヨブの現状にいたるまでの経緯は、次のとおりです。神様がヨブを認めたため、サタンがヨブの忠実さは、裕福な祝福があるからであることや健康であるからと訴えました。それで、信頼するヨブの正しいさがサタンにより試されていました。
ヨブは、全ての所有を失い、自分の健康も失いました。
それを見た友人たちは、何を話すか知りませんでした。何にも話さないままではいけないと思い、エリファズは、今のヨブの現状は、罪から来るものではないか?と疑問をいだきました。
この疑問は、今も引き起こされる大事なことです。ある人は悪いことをしているのに、裕福で健やかに生きています。しかし、ある人は正しい道を歩むことを選び続けているのに、生活が苦しく病気をかかえています。それでは、正しく生きる意味があるのでしょうか?
最近、黒澤明さんの「いきる」という1952年の映画を見ました。役場に勤めている人が、毎日印鑑を押すことが全てで、苦情に対しては、自分の管轄ではないため、別な部署へまわすことが繰り返されていました。ある日、その人は、癌になり、半年しか生きれないことが分かり、自分が生きている意味を探ります。そして、一つ決意をします。それは、一つの町民の願いを叶えてあげることでした。それで、関わる全ての部署の部長、係長、町長に毎日積極的にお願いをし、普通では考えられないほど献身的に、その願いを適えてあげることになります。そして、最後には、その完成されたところで、静かに死んでいきます。しかし、彼の心には、平安と満足がありました。
この物語りは、多くのことを語ります。正しく生きることの大切さと今日の本題である、正しい人がひどくされることがありえるか?と言うことです。
聖書的な答えは、正しい人こそ迫害を受けることがあることです。しかし、クリスチャンにとっては、この世が全てではなく、天国があります。地上での生活が全てであれば、悲惨人生でしょうが、私たちの望みは、天にあります。
と言っても、聖書の人物の中には、地上で裕福に生きた人々もたくさんいます。ヨブも、当時は、悲惨な状態にあるように見えますが、後になると今まで持っていた資産の2倍になり、失われた子供より2倍の子供が与えられるようになり、裕福で健やかな人生を迎えるようになります。
過ぎ去る一瞬は、すべての判断の基準にはなりません。全ての人生をトータルで数える知恵が与えられるように祈るばかりです。
長くなりましたが、結論的に、「はい、正しい人が悲惨な状況にあることがありますが、それは、その時のものであり、後に回復されることになります。地上でなければ、天国でそれが、成就されます。」 これが、聖書的な答えであると思います。
全ての人生を主に委ねます。
ゴスペルハウス
アブラハム・リー
4:1 テマン人エリファズは話し始めた。
4:2 あえてひとこと言ってみよう。あなたを疲れさせるだろうが/誰がものを言わずにいられようか。
4:3 あなたは多くの人を諭し/力を失った手を強めてきた。
4:4 あなたの言葉は倒れる人を起こし/くずおれる膝に力を与えたものだった。
4:5 だが、そのあなたの上に何事かふりかかると/あなたは弱ってしまう。それがあなたの身に及ぶと、おびえる。
4:6 神を畏れる生き方が/あなたの頼みではなかったのか。完全な道を歩むことが/あなたの希望ではなかったのか。
4:7 考えてみなさい。罪のない人が滅ぼされ/正しい人が絶たれたことがあるかどうか。
4:8 わたしの見てきたところでは/災いを耕し、労苦を蒔く者が/災いと労苦を収穫することになっている。
4:9 彼らは神の息によって滅び/怒りの息吹によって消えうせる。
4:10 獅子がほえ、うなっても/その子らの牙は折られてしまう。
4:11 雄が獲物がなくて滅びれば/雌の子らはちりぢりにされる。
4:12 忍び寄る言葉があり/わたしの耳はそれをかすかに聞いた。
4:13 夜の幻が人を惑わし/深い眠りが人を包むころ
4:14 恐れとおののきが臨み/わたしの骨はことごとく震えた。
4:15 風が顔をかすめてゆき/身の毛がよだった。
4:16 何ものか、立ち止まったが/その姿を見分けることはできなかった。ただ、目の前にひとつの形があり/沈黙があり、声が聞こえた。
4:17 「人が神より正しくありえようか。造り主より清くありえようか。
4:18 神はその僕たちをも信頼せず/御使いたちをさえ賞賛されない。
4:19 まして人は/塵の中に基を置く土の家に住む者。しみに食い荒らされるように、崩れ去る。
4:20 日の出から日の入りまでに打ち砕かれ/心に留める者もないままに、永久に滅び去る。
4:21 天幕の綱は引き抜かれ/施すすべも知らず、死んでゆく。」