エゼキエル3章 イスラエルの家に遣わされる
エゼキエル3章 イスラエルの家に遣わされる
エゼキエルは、神様との関係において、様々な体験をしました。この章では巻物を食べました。この巻物というのは、聖書の御言葉を指しています。また、それが、それは蜜のように口に甘かった と書いてあります。
また、「霊がわたしを引き上げた」体験をしました。 そして、「大きなとどろく音を聞いた」こともあります。時には、彼を「イスラエルの家の見張りとする」と言われました。つまり、イスラエルに警告を与える役目が与えられました。
ある時には、「わたしはあなたの舌を上顎につかせ、ものが言えないようにする」 と言われ、言葉を話すことができなくなりました。しかし、神様の言葉を語るときは、「しかし、わたしが語りかけるとき、あなたの口を開く」とも言われました。
今日のこの章に紹介されている内容の中で、一つのポイントをつかんでお話をしたいと思います。それは、 エゼキエルに与えられた使命についてです。神様は、「イスラエルの家に遣わされる」と語られました。異邦の民へ遣わされたのではなく、イスラエルの家に遣わされたのです。この内容は、非常に重要なポイントを示します。それは、私たちの召命を考えるとき、神様は一定のバウンダリー(境界線)を与えてくださるということです。自分の働きの幅とも言えるでしょう。そして、その領域の中でえ、働きが与えられるのです。
エゼキエルには、イスラエルの民のために見張りとしての役目が与えられました。見張りは、警告をする仕事です。
私たち一人一人にも、具体的な使命が与えられています。それをはっきり知ることによって、もっとも重要な人生の方向性が与えられます。
すべてのクリスチャンの人生には、このように神様からの召しが与えられていて、その領域の中で、一定の役目が与えられています。
それを知るために必要とされるのは、次の御言葉に書いてあります。
ローマ12:1 こういうわけで、兄弟たち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。
12:2 あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。
自分の体を神様にささげることです。この世と調子を合わせてはなりません。そして、心を新たにして自分を変えると、結果として、神様の良い、喜ばれる、完全な道をわきまえることができるという約束です。
エゼキエルは、上記の内容が自分のものとなり、神様を第一にして歩んだ結果、神様からの召しを受け、イスラエルの見張りとして、預言者として、生きることができました。
混乱や不確実性の高い今の時代に、私たちに必要なのは、確実な方向性でないでしょうか?その確実な方向性は、変わりのない神様から来ます。そして、その道を歩むとき、変わらぬ満足があります。自分らしい生き方ができる幸いを得ることができるのです。
ゴスペルハウス
アブラハム・リー
3:1 彼はわたしに言われた。「人の子よ、目の前にあるものを食べなさい。この巻物を食べ、行ってイスラエルの家に語りなさい。」
3:2 わたしが口を開くと、主はこの巻物をわたしに食べさせて、
3:3 言われた。「人の子よ、わたしが与えるこの巻物を胃袋に入れ、腹を満たせ。」わたしがそれを食べると、それは蜜のように口に甘かった。
3:4 主はわたしに言われた。「人の子よ、イスラエルの家に行き、わたしの言葉を彼らに語りなさい。
3:5 まことに、あなたは、不可解な言語や難しい言葉を語る民にではなく、イスラエルの家に遣わされる。
3:6 あなたは聞き取ることができない不可解な言語や難しい言葉を語る多くの民に遣わされるのではない。もしわたしがあなたをそれらの民に遣わすのなら、彼らはあなたに聞き従うであろう。
3:7 しかし、イスラエルの家は、あなたに聞こうとはしない。まことに、彼らはわたしに聞こうとしない者だ。まことにイスラエルの家はすべて、額も硬く心も硬い。
3:8 今やわたしは、あなたの顔を彼らの顔のように硬くし、あなたの額を彼らの額のように硬くする。
3:9 あなたの額を岩よりも硬いダイヤモンドのようにする。彼らが反逆の家だからといって、彼らを恐れ、彼らの前にたじろいではならない。」
3:10 更に主は言われた。「人の子よ、わたしがあなたに語るすべての言葉を心におさめ、耳に入れておきなさい。
3:11 そして捕囚となっている同胞のもとに行き、たとえ彼らが聞き入れようと拒もうと、『主なる神はこう言われる』と言いなさい。」
3:12 そのとき、霊がわたしを引き上げた。わたしは背後に、大きなとどろく音を聞いた。主の栄光が、その御座から上るときの音である。
3:13 あの生き物の翼が互いに触れ合う音、生き物の傍らの車輪の音、かの大きなとどろく音を聞いた。
3:14 霊はわたしを引き上げて連れ去った。わたしは苦々しく、怒りに燃える心をもって出て行ったが、主の御手がわたしを強く捕らえていた。
3:15 こうしてわたしは、ケバル川の河畔のテル・アビブに住む捕囚民のもとに来たが、彼らの住んでいるそのところに座り、ぼう然として七日間、彼らの間にとどまっていた。
3:16 七日の後、主の言葉がわたしに臨んだ。
3:17 「人の子よ、わたしはあなたを、イスラエルの家の見張りとする。わたしの口から言葉を聞くなら、あなたはわたしに代わって彼らに警告せねばならない。
3:18 わたしが悪人に向かって、『お前は必ず死ぬ』と言うとき、もしあなたがその悪人に警告して、悪人が悪の道から離れて命を得るように諭さないなら、悪人は自分の罪のゆえに死ぬが、彼の死の責任をあなたに問う。
3:19 しかし、あなたが悪人に警告したのに、悪人が自分の悪と悪の道から立ち帰らなかった場合には、彼は自分の罪のゆえに死に、あなたは自分の命を救う。
3:20 また、正しい人が自分の正しい生き方を離れて不正を行うなら、わたしは彼をつまずかせ、彼は死ぬ。あなたが彼に警告しなかったので、彼は自分の過ちのゆえに死ぬ。彼がなしてきた正しい生き方は覚えられない。また彼の死の責任をわたしはあなたに問う。
3:21 しかし、あなたが正しい人に過ちを犯さないように警告し、彼が過ちを犯さなければ、彼は警告を受け入れたのだから命を得、あなたも自分の命を救う。」
3:22 主の御手が、そこで、わたしに臨んだ。主はわたしに言われた。「立って、平野に出て行きなさい。そこでわたしはあなたに語る。」
3:23 わたしが立って平野に出て行くと、そこにケバル川の河畔で見た栄光と同じ主の栄光がとどまっているではないか。わたしはひれ伏した。
3:24 霊がわたしの中に入り、わたしを自分の足で立たせた。そのとき彼はわたしに語りかけ、わたしに言われた。「あなたは自分の家に入って閉じこもりなさい。
3:25 人の子よ、あなたは縄をかけられ、縛られ、彼らの所へ出て行けないようにされる。
3:26 また、わたしはあなたの舌を上顎につかせ、ものが言えないようにする。こうして彼らを責める者としてのあなたの役割は終わる。まことに彼らは反逆の家だ。
3:27 しかし、わたしが語りかけるとき、あなたの口を開く。そこであなたは彼らに言わねばならない。主なる神はこう言われる。聞き入れようとする者は聞き入れよ。拒もうとする者は拒むがよい。彼らは反逆の家だから。」