詩編129篇 主は正しい。主に逆らう者の束縛を断ち切ってくださる。
詩編129篇 主は正しい。主に逆らう者の束縛を断ち切ってくださる。
創造主である、神様に逆らう者が信じるもの、神様に属しているものを迫害する時、その逆らう者の束縛は、断ち切られます。
しかし、なぜ神様はこのような束縛を許されているのでしょうか?
それは、神様に属しているもの、クリスチャンを洗練し、純粋なものとなるためであります。多くの場合、信じるものの中に不純物が入り、それが癌のように末広がるようにならないため、信じるものを正すために行う場合があります。
苦難の意味を色んな角度から考えられますが、最終的には、その苦難のもとが神に逆らう者であれば、必ず断ち切られます。そして、苦難を通して、神様を信じるものを訓練し、将来の働きのために整える役目があります。
ヘブル12:5 また、子供たちに対するようにあなたがたに話されている次の勧告を忘れています。「わが子よ、主の鍛錬を軽んじてはいけない。主から懲らしめられても、/力を落としてはいけない。
12:6 なぜなら、主は愛する者を鍛え、/子として受け入れる者を皆、/鞭打たれるからである。」
12:7 あなたがたは、これを鍛錬として忍耐しなさい。神は、あなたがたを子として取り扱っておられます。いったい、父から鍛えられない子があるでしょうか。
12:8 もしだれもが受ける鍛錬を受けていないとすれば、それこそ、あなたがたは庶子であって、実の子ではありません。
12:9 更にまた、わたしたちには、鍛えてくれる肉の父があり、その父を尊敬していました。それなら、なおさら、霊の父に服従して生きるのが当然ではないでしょうか。
12:10 肉の父はしばらくの間、自分の思うままに鍛えてくれましたが、霊の父はわたしたちの益となるように、御自分の神聖にあずからせる目的でわたしたちを鍛えられるのです。
12:11 およそ鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われるのですが、後になるとそれで鍛え上げられた人々に、義という平和に満ちた実を結ばせるのです。
今、私たちに与えられる鍛錬を感謝を持って受け取り、必ず主に逆らう者の束縛は、断ち切られることを覚えて感謝を捧げましょう。
ゴスペルハウス
アブラハム・リー
129:1 【都に上る歌。】イスラエルは言うがよい。「わたしが若いときから/彼らはわたしを苦しめ続けたが
129:2 わたしが若いときから/彼らはわたしを苦しめ続けたが/彼らはわたしを圧倒できなかった。
129:3 耕す者はわたしの背を耕し/畝(うね)を長く作った。」
129:4 主は正しい。主に逆らう者の束縛を断ち切ってくださる。
129:5 シオンを憎む者よ、皆恥を受けて退け。
129:6 抜(ぬ)かれる前に枯れる屋根の草のようになれ。
129:7 刈り入れても手を満たすことはないように。穂を束(たば)ねてもふところを満たすことはないように。
129:8 傍(かたわ)らを通る者が/「主はあなたがたを祝福される。わたしたちも主の御名によって/あなたがたを祝福する」と言わないように。