詩篇111篇 主を畏れることは知恵の初め
詩篇111篇 主を畏れることは知恵の初め

主を畏れることは知恵の初め:
人のするすべてのことで、自分の栄光を求めることや人に認められるために行うことなどは、自分の高慢や劣等感につながる。
しかし、主を畏れることは、罪や不正を憎むことである。ここから、自分のするすべてが硬く立てられる。
主を畏れることは、人の目を気にせず、神様の前でものことを行うことである。何よりも、自分のものではなく、神様の御栄光を表すために、自分を従わせることが最善の道ではないでしょうか。
創られたものとして、創り主の目的に沿って、1歩1歩歩むことが最善の人生かと思いました。
ゴスペルハウス
アブラハム・リー
111:1 ハレルヤ。わたしは心を尽くして主に感謝をささげる/正しい人々の集い、会衆の中で。
111:2 主の御業は大きく/それを愛する人は皆、それを尋ね求める。
111:3 主の成し遂げられることは栄え輝き/恵みの御業は永遠に続く。
111:4 主は驚くべき御業を記念するよう定められた。主は恵み深く憐れみに富み
111:5 主を畏れる人に糧を与え/契約をとこしえに御心に留め
111:6 御業の力を御自分の民に示し/諸国の嗣業を御自分の民にお与えになる。
111:7 御手の業はまことの裁き/主の命令はすべて真実
111:8 世々限りなく堅固に/まことをもって、まっすぐに行われる。
111:9 主は御自分の民に贖いを送り/契約をとこしえのものと定められた。御名は畏れ敬うべき聖なる御名。
111:10 主を畏れることは知恵の初め。これを行う人はすぐれた思慮を得る。主の賛美は永遠に続く。
